読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

YUJImedia.com

人生を複利運用するブログ。

【訓練体験記】一・二週目のまとめ

昨年7月に青年海外協力隊の試験に合格し、晴れて1月6日から”候補生”として登録され、長野県駒ヶ根市で約70日間の訓練に参加した。過去記事をまとめただけなので構成は変わっていない。

 

 

入所~一週目

・始まって早々、涙目です。どこまでついていけるのか、どう自分が変化していくのか楽しみです。

・やはり、語学がネックになります。 無事乗り切れるでしょうか。

・少し落ち着いたので、少し内容のあるものを書きますね。1月6日から始まったJICA派遣前訓練in駒ヶ根。周囲は有名国立大学卒、元一流企業勤務、ジャーナリストなどなど、これまで関わることの無かった人種の人たちです。自分はここにいて良いのだろうか、という気持ちになり、はっきり言ってプレッシャーとストレスで胃が痛いです。無事、約70日間の訓練を修了できるのでしょうか。全く自信が無いし、ここまでの詰め込みスケジュールは人生で初めてです。もう既に自分のキャパは超えております。後は、どこまで食らいつけるか、根性の見せ所です。あしたは語学テスト、がんばりましょう。

始まって早々、訓練終了の可能性が浮上しました。 なんとか足掻いてみます。ここが正念場。

・ひとまず、訓練開始から一週間が経過致しました。これまでの流れを振り返ってみたいと思います。

1月5日(月)北海道帯広空港から羽田空港に向かい、新宿駅西口から高速バスにて約4時間かけて長野県駒ヶ根市まで移動します。市内にホテルを予約したもののバスの降り場を間違え、深夜にキャリーケースを引きながらホテルまで移動しようと試みます。しかし乗り過ごしたバス停より15分程度、歩けば60分近くもかかる距離です。スマートフォンの充電がなくなりタクシー会社に連絡することができませんでしたが、途中近隣小学校に公衆電話を発見し、事なきを得ました。就寝時間深夜1時30分。

1月6日(火)入所式、訓練初日。駒ヶ根駅から訓練所までのバスが出ているためそれに乗り、JICA駒ヶ根訓練所に無事到着。自室を探し、身辺整理。ここでの生活は、すべて自己管理。外出時にはネームプレートを付け、自室に施錠をします。今後途上国に行った際に必ず不測の事態が起き、その時の自己管理・解決能力を鍛えるためです。朝食・昼食・夕食・入浴時間などが決められており、基本的にスケジュールに沿った動きです。17人一班の生活班が振り分けられ、班内での自己紹介、委員決めなどを行いました。アガリ症の私はしどろもどろになりながらも自己紹介を終え、体育委員に配属されることとなりました。ここで体育委員を選んだ理由は、理学療法士として勤務してきたため人体の構造には一般の人よりは詳しい自身があるからです。つまり、得意分野を作りたかったのです。ここに集まったのは厳しい選考を抜けてきた、全国屈指の人材です。訓練生といえ、旧帝卒・元自衛官・ジャーナリスト・インターハイ優勝者など、能力・体力・人望などが備わった人々でですから、すぐに空気に飲まれてしまうと考えたからでした。そして初日を終えます。

1月7日(水)各講座や、語学オリエンテーションなどが行われます。訓練開始2日目にして支給された制服のボタンが外れ、針と糸を使って裁縫することとなりました。途上国には裁縫セットを持っていくべきですね。座席の近くに裁縫が得意な人がいた為方法を教えてもらい、なんとか事なきを得ます。しかし、不吉。。。そんなこんなで2日目を終えます。

1月8日(木)午前中は初の語学授業。ウズベキスタンに派遣予定のため、ウズベク語の講座です。ウズベキスタンに派遣予定の候補生はJOCV3名、SV3名の計6名でした。ウェルカムテストを行うも散々な結果となり、初級講座に配属されることとなりました。夕方、自己紹介が行われます。132名の候補生が自分を表現しながら30秒スピーチを行います。アガリ症の私は、とにかく震えました。順番が132名中127番目、つまりほぼトリです。私の前の候補生たちはとにかく人前で話すのが得意そうで、どのスピーチでも笑いが起きていました。自分にもこんなスピーチができるのだろうか。。。とにかく不安に思いながらも、自分の順番を迎えます。何を話したかはよく覚えていませんが、その後の懇親会で「杉山さん、鬼のように緊張していましたね。」と言われたので、まあお察し程度でしょう。その後の懇親会では同じ医療職で顔合わせをし、少し空気に馴染むことができました。しかし、その後事件が起きます。スマートフォンが全く起動しなくなりました。インターネットで調べるも、有力な解決方法は無く、現在のところ故障と判断しています。スマートフォンが無いと何が困るか、それは班での連絡が取れないことはもちろん、なんと目覚まし時計が使えません。これは大きいです。早朝ランニングが6時30分からあるため、絶対に寝坊できません。不安に思いながら寝付くも、夜中に3、4回目覚めます。仕方ないと思い、週末にスマートフォンを購入しに外出することにしました。

1月9日(金)午前中8時45分より語学講座があります。ここで馴染みのないウズベク語を習得しなければならないものの、全く聞き取り、書き取りができません。他2名に申し訳ないと思いながらも、逐一講師の先生に確認を取るようにし、学習アドバイスをもらいます。音声で聞くと良いとのことで、USBに音声データを入れてもらうものの、なんと私の使っているMacでは再生できません。なんでも再生できるアプリケーションがないとか。。。アドバイスをもらい実行を試みるも、八方ふさがりです。なお、現地ウズベキスタンではMacはほとんど使えないとのことでした。配布される資料などはすべてwindowsでしか再生できないようです。PCも週末に購入する予定を立てました。

 1月10日(土)初日の語学テストの再試験があります。ほぼ同内容が出題されるとのことでしたが、採点結果58点。。。このままでは中間テスト(2月9日)で合格点を取れず、訓練終了になる危険性があるため、週末外出禁止となりました。スマートフォン、PC購入予定が。。。現在初の週末を迎えておりますが、事件が多すぎてこれからの訓練所生活に不安とプレッシャーを感じ、既に胃痛があります。無事に終了できるのでしょうか。。。

 

 

訓練生活二週間目

課題量の多さに、不安を感じています。

息つく間もなく、1日が過ぎてゆきます。起きている時間は思考をフル回転。 しんどい。けど少し雰囲気にも慣れてきたかな。

語学が、少し良い流れになってきました。 まだ不安要素は多いですが、全く触れたことのない言語ですから単語の習得は必須になりそうです。 目覚まし時計も届き、やっと本格的に勉強を始められます。

寝不足が、曲者です。 11時過ぎには寝ましょう。

協調性のある行動とはなんでしょう。 周りの動きやすい発言とはどのようなものでしょう。

企画、運営の難しさを学びました。

・随分スケジュールや、1日の動きに慣れてきました。最初はこんな状態で10週も続けられるんんだろうかと心配になりましたが、今は幾分安心しております。昨日は生活班の食事会にも参加し、他のメンバーの人となりも見えてきました。 

7日(月)まだまだ初歩といえ、少し言語に慣れてきます。独特な発音にも慣れ、要所要所の聞き取りができるようになってきました。語学の習得に大切なのは、わからなくても愚直に学び続ける姿勢と思います。油断せずに学び続けましょう。

8日(火)予防接種の第一回が行われました。これからの訓練期間、毎週予防摂取を受けることになります。任国ではさまざまな感染症、疫病などが流行している可能性があります。日本がどれだけ衛生的に良い環境であるか、育った環境の良さを痛感します。

9日(水)語学授業での自分の立ち位置が決まってきたように感じます。ひとクラス3人、私の他二名はとにかく吸収が早く、驚かされるばかりです。先生が現地語で冗談を言う→二人が笑う、杉山はポカーンとしている。こんな構図が出来ております。「今のわかりません。どういうことですか?」と、質問しやすい状況になったとも言えます。なんとかなる、なんとかする。

10日(木)研修所では日常生活では経験できない様々なことが起きます。一つ例をあげるとすると、「婦人科」の講座。女性の体の構造は男性とどう違うのか、出産とは。普段生活している中では学ぶことのできない「新鮮さ」がここにはあります。

11日(金)仲間との協調性を取っていくことももちろん重要です。同じ言語、文化である日本の中で協調性のとれないのに、任地で協調性がとれる可能性は極めて低い。まずは集団生活の中でそのことを身につけなければなりません。

12日(土)私、体育委員に所属しております。委員の業務のなかでもっとも忙しいのがこの日行われた「スポート大会」の企画・運営・進行。3時間程度の競技時間のなかで、一部司会進行を務めさせていただきました。最大の問題点は「マイクの音が通らない」ひいては「声が小さい」。これは想像しておりませんでした。精一杯声を張るも、各班ごとに円陣を組んでいたり作戦会議を開いたりと、静かになる様子がありませんでした。なんとか司会進行・大会を終えましたが、反省点が諸々。。。次回の改善点としたいと思います。